施術をしていると、ときどき「何か違う」と感じる瞬間があります。
ー筋肉の質、肌の張り感、脂肪層の厚さー
言葉にするのが難しいのですが、積み重なった感覚のようなものです。
今回ご紹介するのは触診での気づきから、ある患者さんの隠れた「甲状腺の異常」不調の原因を探るきっかけになりました。
「食事も運動も変えていないのに、なぜか太る」
その方は、お子さんを出産してから体重が戻らないことを悩んでいました。
食生活は特別変わっていない。定期的に運動もしている。でも、体型だけが変わってしまった。
「産後だから仕方ない」「年齢のせいかな…」
そう思って、ずっと諦めていたそうです。
問診をしつつ触れてみると、気になる所見がありました。
皮膚と筋肉の間にある脂肪層が、少し厚い。むくみとも脂肪とも言い切れない、独特のふっくら感。
筋肉そのもののコンディションは悪くないのですが、重く、全体としてどこかスローな印象です。
「一度、甲状腺の検査を受けてみてください」と、私はお伝えしました。
甲状腺ホルモンとは何か? スマホに例えると…
甲状腺ホルモンは、体温・代謝・心拍数など、いわば「体全体の活動量」を調整するホルモンです。これが不足すると、全身がゆっくりとしたモードに入ります。
スマートフォンで言えば、バッテリーが切れかけてから、ずっと「省エネモード」になっている状態に近いかもしれません。
充電はしている(食事はしている)のに、動作が重い(疲れが取れない)。
甲状腺機能が低下すると、以下のような症状が慢性的に現れることが知られています(※1)
・寝ても取れない疲労感、朝のだるさ
・むくみやすさ、体重増加
・肌の乾燥、髪のパサつき
・気分の落ち込み、集中力・記憶力の低下
・寒がり、便秘
・筋肉のだるさ、こわばり感
一見、バラバラな不調に見えてしまうため、「更年期かな?」「疲れがたまっているだけ…」と見過ごされやすいと思います。
産後に起きやすい「甲状腺の乱れ」は一過性のことも…
出産後は、妊娠中に抑制されていた免疫機能が急激にリバウンドし、甲状腺に炎症が起きることがあります。
これを「産後甲状腺炎(Postpartum Thyroiditis)」と呼びます。
産後甲状腺炎は、産後1年以内の女性の5〜10%に起きると報告されており、甲状腺機能亢進(甲状腺ホルモンが過剰になる状態)に続いて、機能低下(ホルモンが不足する状態)へと移行するパターンが典型的です(※2)。
産後甲状腺炎による機能低下の多くは一過性であり、適切な経過観察のもとで自然に回復するケースも少なくないということです。ただし、20〜40%程度は永続的な機能低下に移行することも報告されており、「自然に治るだろう」と放置するのではなく、定期的な検査で経過を追うことが大切です(※2)。
また、産後に限らず、橋本病(慢性甲状腺炎)という自己免疫疾患を背景に甲状腺機能が低下するケースもあります。橋本病は成人女性の約10人に1人にみられる疾患です。ただし橋本病を持っていても甲状腺ホルモンが正常に保たれている方が大部分で、機能低下症を発症するのはそのうちの一部です(※3)。
鍼灸師が触診で感じる「コリの質の違い」
これはあくまで臨床的な印象の話ですが、甲状腺機能の低下が疑われる方の身体には、独特の触感があります。
表面は柔らかそうに見えるのに、皮下の脂肪層や組織全体に「重さ」を感じる。むくみとは違って、筋肉そのものよりも、皮膚と筋肉の間の層が厚い印象がある。施術をしても、比較的早い段階でコリが戻ってくる。
こうした感触は、甲状腺機能低下症で起きうる筋肉や組織への影響(代謝低下による組織の変化)と、臨床的に重なる部分があります。
もちろん、触診だけで病気を判断することはできません。
ただ、「何度施術しても緩まない」「戻るのが早すぎる」という感覚が続くとき、私は施術の外側にある何かを疑うようにしています。
私たちにできることと、できないこと
当院は鍼灸マッサージの施術所であり、医療機関ではありません。診断を行うことはできません。
ただ、施術を通じてお身体に触れ続けることで、「いつもと違う」「何かが変わった」という気づきを一緒に拾い上げることはできます。
「いつもと違う」と感じたとき、私たちは速やかに医療機関での受診をお勧めするようにしています。
今回の患者さんのように、「何かちがうな…」という感覚を大切にしてほしいのです。
甲状腺機能の状態は、血液検査や超音波検査で確認することができます。
検査で原因がわかれば、医師の管理のもとで経過観察や治療を受けながら、鍼灸やマッサージ等で体のコンディションを整えるサポートを並行して行う方もいらっしゃいます。
「疲れやすくなったのは年のせい」
「産後だから仕方ない」
そう思って、ずっと我慢していませんか?
もしかしたら、その不調には「理由がある」かもしれません。
そして、理由がわかれば、対処できる可能性があります。
施術を通じてお身体と向き合う中で、そのきっかけをご一緒できればと思っています。
参考文献
【※1】日本内分泌学会「甲状腺機能低下症」https://www.j-endo.jp/modules/patient/index.php?content_id=38
【※2】PubMed「出産後甲状腺炎」 Stagnaro-Green A. (2004) Postpartum thyroiditis. Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. 18(2):303-16. PMID: 15157842 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15157842/
【※3】日本内分泌学会「橋本病(慢性甲状腺炎)」https://www.j-endo.jp/modules/patient/index.php?content_id=41














